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January 17, 2017

真田丸ゆかりの地 京都の陣

真田丸、NHKの大河ドラマで途中から見て、はじめて歴史に興味を持つようになりました。そんなわけで、真田丸ゆかりの地を訪ねてみたいとの思いから、昨年12月に京都、今年の1月に大阪に行ってきました。

今回は京都。真田信繁(幸村)といえば、大阪の陣での活躍で一躍有名になったため、大阪での知名度、人気はかなりのものとのことですが、京都に関して言えば、あまり・・というかんじらしいです。そんなことも知らずに京都を訪れましたが、同行してくれた友人(旅行代理店経営)がこんなのあるよと、「京都まほろばツアーズ」を紹介してくれました。結果、すごく充実した京都巡りをすることができました。超歴史、京都マニアのその友人でも初めて訪れる場所多数ということで、真田丸で歴史が好きになった、自分のような初心者から、マニアの人までおすすめのツアーでした。

備忘録兼ね、簡単に紹介します。

方広寺
大阪の陣のきっかけとなったとされる、梵鐘です。いきなり凄いものが見れてびっくりです。
Img_2928_rまずは、その梵鐘の大きさにびっくり!

Img_2938_rさらには、そのに手書きで印がついてるのにびっくり!誰が書いたんだ?!

豊国神社
方広寺の横にあります。ここの、豊国神社は明治時代に建立されたものとのこと。鎖国が解け、外交を再開した明治時代に、外交の祖として、豊臣秀吉をしっかり祀ろうと建立されたようです。ちなみに初めに豊国社に豊国大明神として祀られたものは、大阪の陣の後、徳川家康に破却されたそうです。

Img_2944_rこの門の左側に方広寺の梵鐘があります。

養源院
豊臣秀吉の側室・淀殿が父・浅井長政、祖父・浅井久政らの二十一回忌の供養のために、秀吉に願って創建したそうです。淀殿と秀頼の菩提寺になっています。

Img_2959_r「血天井」のお寺といった方が有名?!
Img_2962_r12月初旬の京都。今回は、ここの紅葉が一番きれいでした。

六条河原
古くから、地位の高い人が処刑される場所だったとのこと。関ヶ原の戦いでは、石田三成、大阪の陣においては長宗我部盛親、豊臣秀頼の子、国松が処刑されました。
Img_2985_r悲しい歴史の場所ですね。

蓮光寺
盛親の供養されています。盛親と親交があった蓮光上人が六条川原で処刑された盛親の首を譲り受け、供養したそうです。
Img_2997_r今でもお墓を訪れる人がいるようです。

上徳院
真田丸では斉藤由貴が演じた阿茶局の菩提寺。何となくですが、歴史の勝者ゆかりの場所は、雰囲気が緩いというか、おおらかな印象を受けました。一方敗者側は、もの悲しさというか、そんな印象を受けます。気のせいなのかな?
Img_2998_r「世継ぎ地蔵」の名で信仰されています。

佛光寺
元は、京都東山七条のちの方広寺敷地にあったが、秀吉の命でこの地に遷された。ここには秀吉の別邸があったが方広寺建立にあたり、秀吉の別邸と、佛光寺が土地を交換するかちちとなったとのこと。
Img_3011_r秀吉の別邸「臥龍城」があった場所。

佛光寺の北側の現洛央小学校は、秀吉の邸内にあった井戸「豊園の井」の名にちなんだ「豊園小学校」として名残をのことしていた。残念ながら、近隣の小学校との合併でその名も消えてしまいました。
Img_3018_r_2井戸のお掃除をしているおじさんも、校名についていは想いがあるようですが、みなさん自分たちの土地をとても大事にされているのが伝わってきました。

南蛮寺
イエズス会イタリア人宣教師が建てた南蛮寺があったそうです。
Img_3023_r今は看板だけです。

高松新明神社
最後は、高松新明神社です。この神社の奥に、真田幸村の稔持仏が祀られています。長らく九度山の善名称院(通称真田庵)にて、大切に安置されていたものを、ここのお寺の僧が譲り受けたものとされているそうです。
Img_3027_r当日は、地元の人たちでにぎわっていました。

京都と真田幸村、どうでしたか?当日は地元京都の人も参加されていましたが、興味津々で話に聞き入っていました。これまで知らなかった京都を巡り、ますます京都に魅了されました。

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